身ぐるみ剥がされ奴隷に…戦国時代、秀吉の北条征伐の果てに悲劇的な末路を辿った「大福御前」の生涯:3ページ目
遺された希望は
晩年の大福御前にとって、最後の希望は光福丸の無事と幸福でした。
天下一統を果たした秀吉は「光福丸が元服した暁には十万石を与えよう」と約束したと言います。鎌倉時代以来の名族に対する配慮でしょうか。
しかし慶長3年(1598年)に秀吉が世を去り、翌慶長4年(1599年)には光福丸も元服前に亡くなってしまいました。
正龍寺の伝承によると、旧名族が復活すると関東統治の妨げになる、と判断した徳川家康によって毒殺されたと言います。
なお慶長2年(1597年)に氏邦が世を去ると、前田利家はそれまで喝食(かつじき。寺に仕える稚児)となっていた北条庄三郎を召し出して元服させ、北条采女(うねめ)と改名させました。
そして氏邦の家督と遺領1,000石(前田家からの捨扶持)を受け継がせ、自身の姪孫(甥・前田利益女)を娶らせます。氏邦の家系は采女の子・北条主殿介(とのものすけ)の代まで続いたということです。
終わりに
今回は北条氏邦の正室・大福御前について、その生涯をたどってきました。
実家を脅かされて秀吉に攻められ、落ち武者狩りに遭って奴婢として売り飛ばされ……そして最期は自害という悲劇的の連続だったと言えるでしょう。
相次ぐ戦乱の中で、こうした悲劇は日常的に繰り広げられており、改めて平和の尊さが感じられます。
※参考文献:
- 黒田基樹『戦国 北条一族』新人物往来社、2005年9月
- 黒田基樹『戦国北条家一族事典』戎光祥出版、2018年6月
- 黒田基樹『戦国大名の新研究2 北条氏康とその時代』戎光祥出版、2021年7月
- 火坂雅志『戦国を生きた姫君たち』KADOKAWA、2016年9月

