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常軌を逸した“子作りへの執着”…江戸時代の俳人・小林一茶の壮絶な老年期と最期

常軌を逸した“子作りへの執着”…江戸時代の俳人・小林一茶の壮絶な老年期と最期:3ページ目

第三章 孤立の果てに迎えた突然の最期

一茶の老年期をさらに厳しくしたのは、家族との断絶でした。

彼はもともと十五歳で江戸に奉公に出てから三十歳過ぎまで実家に寄りつかず、父の死後には遺産の半分と二百二十坪の土地を奉行所に訴えて強引に分割させています。

その際、一茶は義母を冷淡な人物として描き、自分だけが父を看病したかのような記録を提出しました。

しかし実際には家族に頼りきりで、遺産だけを奪った形になっていたのです。こうした経緯があって異母弟たちとの関係は最悪で、老後に支援を受けられる状況ではなかったのです。

文政九年に一茶はやおと結婚しますが、その翌年の11月19日に突然死します。俳人でありながら辞世の句も残しておらず、急死だったことが分かりますね。享年65歳。

しかしどうやら、死の直前までセックスは続けていたようです。一茶の死から半年後、やおは女児を出産しました。名はやた

それまで生まれるたびに亡くなっていた一茶の子たちのうち、不思議とこの娘だけは健康に育ちました。

小林一茶は、生涯求め続けた“家族”がようやく手に入りかけた矢先に亡くなったのです。

壮絶な老年期と突然の最期。その背景には、執念と孤独が入り混じった一茶の姿がありました。その作風とは裏腹に、晩年の現実はあまりにも過酷なものだったのです。

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小林一茶(こばやし-いっさ)と言えば、江戸時代を代表する俳諧人として名を馳せ、「江戸三大俳人」の1人として松尾芭蕉や与謝蕪村と並び立っています。小林一茶肖像 Wikipediaより加…

参考資料:
堀江宏樹『日本史 不適切にもほどがある話』三笠書房、2024年
画像:Wikipedia,photoAC

 

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