【衆院選】違和感に気づいても、なぜ人は流される?150年前に福澤諭吉が警告した“世論の危うさ”:2ページ目
「世論」の本質とは。それは本当に民意と言えるのか
「世論」とは何でしょうか。英語では「パブリック・オピニオン(public opinion)」といいます。
パブリックは「公共」や「人々」、オピニオンは「意見」や「考え」という意味です。つまり世論とは、多くの人が共有している意見のことだといえるでしょう。
この「多くの人」とは、もちろん国民のことです。しかし、この国民という存在が実はとても複雑なのです。
国民は一人ひとり、考え方も価値観も違います。持っている知識や関心ごともさまざまで、同じ問題を見ても受け取り方は人によって大きく異なります。
そうなると、国民全員が同じ意見、同じ世論を持つということはほとんどあり得ません。それぞれの立場や考えに応じて、世論は自然といくつも生まれることになります。
ところが、その中で「多くの人が支持している意見」を世論と呼び、それを絶対的なもののように扱ってしまうと問題が起こります。
なぜなら、世論は決して安定したものではなく、その時々の社会の雰囲気や感情に強く影響されやすいからです。このように移ろいやすい世論を、そのまま国民全体の意思、つまり「民意」だと考えてしまうのは、とても危険なことなのです。
現代は、まさに混沌とした時代といえるでしょう。経済に目を向ければ、社会主義も資本主義も行き詰まりを見せています。
その中で、日本だけでなく世界各地で、「経済成長こそが正義」「グローバル化は万能」「大国が主導する国際秩序が安定をもたらす」といった、これまで当たり前とされてきた価値観が揺らぎ始めています。
こうした時代だからこそ、国民一人ひとりが将来の方向性を見据え、自らの意思を民意として示すことが、これまで以上に重要になっているはずです。
