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『豊臣兄弟!』で織田信長と敵対していた織田伊勢守(織田信安)は何者?敗れ去った末路を紹介

『豊臣兄弟!』で織田信長と敵対していた織田伊勢守(織田信安)は何者?敗れ去った末路を紹介:3ページ目

なおも抵抗を続けたが……。

仕方なく信安は美濃の斎藤義龍・斎藤竜興(濱田龍臣)の二代に仕え、なおも信長に抵抗を続けます。

敗戦を重ねる内に斎藤家が滅亡すると京都へ逃れますが、最早抗戦の術がありません。

やがて信長から同族のよしみで罪を赦され、美濃にわずかな所領を与えられました。

晩年は出家して常永(じょうえい)または玉甫(ぎょくほ)と号し、安土摠見寺(滋賀県近江八幡市)の住職となります。そして天正19年(1591年)10月24日に世を去りました。

すでに信長は本能寺で横死を遂げ、織田家臣であった羽柴秀吉(藤吉郎。池松壮亮)が天下を一統。そして羽柴秀長(小一郎。仲野太賀)は世を去っています。

一説には旧臣であった山内一豊(やまのうち かずとよ)を頼って土佐国(高知県)へ移住し、慶長19年(1614年)まで生き永らえたとも言われるそうです。

終わりに

今回は織田伊勢守こと織田信安の生涯をたどってきました。果たして彼は姿を現すのでしょうか。多分このままフェイドアウトと思われますが……。

信長が尾張国を一統するまでには、まだまだ多くの強敵が待ち受けています。

NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」天下布武を掲げて突き進む信長と、必死についていく小一郎&藤吉郎を見守っていきましょう!

※参考文献:

  • 谷口克広『尾張・織田一族』新人物往来社、2008年7月
  • 戦国人名辞典編集委員会 編『戦国人名辞典』吉川弘文館、2006年1月
 

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