『豊臣兄弟!』迫る「桶狭間の戦い」史実では藤吉郎と小一郎はどのような役割を果たしたのか?:3ページ目
戦いに対する信長と織田家中の覚悟とは?
藤吉郎が仕えた織田信長の死生観を語る際、しばしば引き合いに出される有名な逸話があります。それが、「桶狭間の戦い」に出陣するにあたり謡ったとされる「人間五十年、化天のうちをくらぶれば夢幻の如くなり。ひとたび生を受け、滅せぬ者のあるべきか」という一節です。
戦場とは、まさに生と死の境界線上にある場所でした。信長はその現実を誰よりも強烈に自覚し、覚悟をもって戦に臨んでいたのではないでしょうか。
そして信長にとって、「桶狭間の戦い」は避けて通ることのできない戦いでした。尾張統一を果たしたとはいえ、なお敵対する勢力を多く抱えるなど信長の基盤は不安定であり、その状況下で今川義元が兵を進めてくることは、ある意味では必然であったといえるでしょう。
第3話「決戦前夜」では、義元出陣の報を受けて開かれた軍議の席で、佐久間信盛(演:菅原大吉)、林秀貞(演:諏訪太朗)、柴田勝家(演:山口馬木也)、佐久間盛重(演:金井浩人)ら重臣たちが、籠城か野戦かをめぐって激論を交わします。
しかし、そうした議論をよそに、信長は「何もせぬ」と答え、やがて浮かぬ顔の重臣たちと宴を楽しむのです。これは「桶狭間の戦い」を描く場面において、「敵を欺くにはまず味方から」という趣向で、しばしば用いられてきた演出でもあります。
ところが実際の織田信長とその家中は、常に生と死を分かつ覚悟と緊張感を抱きながら、戦いに臨んでいたのです。
そして、そのような信長のもとに身を置いていた藤吉郎だからこそ、今川家との戦について「信長は負けない」と、小一郎に対して確信をもって言い切り、信長には「殿は絶対に負けませぬ」と言うことができたのだと考えられます。
また、信長のそうした姿勢こそが、時に「冷酷と評されるほどの厳しさを帯びた信長像」へと結びついていったのではないでしょうか。
さて、次稿では「桶狭間の戦い」において、藤吉郎が果たした役割について、史料を手がかりに考察していく予定です。どうぞご期待ください。


