大久保利通 暗殺事件の犯人が残した「斬奸状」の五つの罪状、実は100%誤解と間違いだった
斬奸状の「五つの罪」
一八七八年、東京・紀尾井坂で起きた一つの暗殺事件は日本の近代史に大きな傷を残しました。
大久保利通が、石川県の士族である島田一郎らに襲われて命を落としたのです。テロです。
犯人たちは斬奸状と呼ばれる文書を残し、なぜ大久保を殺さなければならなかったのかを説明。その文書に書かれていたのは五つの罪でした。
①公議を閉ざし民権を抑圧した
②法令を乱発し情実政治を行った
③不要な土木事業で国費を浪費した
④忠節の士を排斥し内乱を誘発した
⑤外交に失敗し国権を失墜させた
これらの罪状は、当時の多くの士族が感じていた不満を代弁しているようにも見えます。
しかし、実際にはの内容はまったくの的外れで、ほぼ100%間違っていると言っても過言ではありません。
言い方を変えれば、斬奸状の内容を「裏返して」みると、反対に大久保利通の業績が浮かび上がってくるのです。
今回は、この斬奸状の内容を「裏返して」みる形で、彼の生前の業績について振り返ってみましょう。
