大久保利通 暗殺事件の犯人が残した「斬奸状」の五つの罪状、実は100%誤解と間違いだった:2ページ目
国政に尽くした改革者
まず、大久保が「私利私欲の政治家」だったという批判ですが、ここからして全くの間違いです。大久保は政治を私物化することなく、むしろ私財を投げ打って国政に携わっていました。
彼が亡くなった後、遺された財産を調べてみるとほとんど残っていなかったのです。
次に「土木を興し国財を徒費する」という批判も、実態とは違っていました。大久保が推進したのは、日本を近代国家にするための内治整理と殖産興業でした。
欧米列強に追いつくためには、道路や工場、学校などの基盤を整えなければならなかったのです。これはむしろ、未来への投資でした。
たとえば、今でこそ当たり前になった電信線の建設や工場の設立なども、大久保の時代に本格的に始まったものです。
これらは当初は不要な土木事業だと批判されましたが、なくてはならない近代化の第一歩だったのは、今の時代から見れば明らかです。
また大久保が「忠節の士を排斥した」と批判されたのは、士族の特権を廃止したためでした。
刀を持つことを禁止する廃刀令や、士族の俸禄を整理する秩禄処分などは、封建制度を終わらせるための必要な政策でした。
しかし、これらの改革は古い体制に守られていた士族たちの反発を買い、「忠節の士を疎かにした」と受け止められたのです。
