手洗いをしっかりしよう!Japaaan

江戸時代、女性はなぜここまで虐げられた?吉原遊女の実態をジェンダー史で読み解く

江戸時代、女性はなぜここまで虐げられた?吉原遊女の実態をジェンダー史で読み解く:3ページ目

過酷な遊女の世界

吉原の遊女は浮世絵の題材となるなど、華やかな面が強調されますが、実態は過酷な環境にありました。

遊女は十年の年季奉公の間、経営者に「仕置」という暴力で支配されました。

「体に傷はNG」江戸時代の遊女に行われた“地獄のような仕置き”とは?遊郭で実際にあった責め方3選

江戸時代、男の欲望を叶える場所といえば遊郭。しかし女にとっては過酷な場所であるのはご存知の通りです。ときには脱走して捕まることもあった遊女たち。脱走が成功すればいいのですが、連れ戻された遊女…

また、途中で性病や肺病で亡くなる例も多く、よく落語などで出てくるような身請けが行われたのはごく少数だったのです。

遊女は、口入れ業の仲介で全国の農村から人身売買される例が多かったようです。

幼女の段階で売られると、十五歳頃までは禿という見習いを務め、水揚げ(初体験の儀式)を経て遊女となりました。年季の十年はそこからカウントされます。

遊郭からの上納金は多額で、幕末には江戸町奉行所の収入の一割を超えたといわれており、これは各藩も同様でした。

つまり近世の売買は、公権力が一定条件下で営業を公認する代わりにその利潤の一部を吸い上げる体制だったのです。

明治政府はこれをいったん廃していますが、形を変えて公娼制は存続。これが完全に廃止されるのは、GHQによる統治をまたなければなりませんでした。

このように、ジェンダーの視点から日本史を読み替える試みは現在も進んでいます。

参考資料:中央公論新社『歴史と人物20-再発見!日本史最新研究が明かす「意外な真実」』宝島社(2024/10/7)
画像:photoAC,Wikipedia

 

RELATED 関連する記事