狼に片腕を噛み砕かれ…死闘の結果は?柳田国男『遠野物語』が伝える”命懸けの一騎討ち”:2ページ目
ついに直接対決へ
「……狼狩りをするよりあるまい」
怒りが収まらない母狼の被害に苦しむ飯豊村では、ついに決断が下されます。
元は自業自得とは言え、このまま馬を殺され続ける訳には行きません。
やるとなったら情けは無用。村じゅうから力自慢たちをかき集め、狼狩りに出発しました。
その中に鉄という男がいまして、言及こそないものの、恐らく彼は狼の子たちを殺したり連れ去ったりに関与したものと思われます。
というのも、一頭の雌狼(恐らく母狼)が現れるや否や、この鉄を目がけて襲いかかったからです。
ようやく我が子の仇を討てる。母狼はこの日を待っていたことでしょう。
しかし鉄も剛胆ですから、黙って襲われたままではありません。
母狼がこちらに向かって来ると見るや、咄嗟にワッポロ(上着)を脱いで腕に巻きつけ、牙をむき出した母狼の口へ突っ込んだのです。
勝負の結果は相討ちに
狼の咬合力は人の腕など簡単に噛み砕けますが、完全に喉を塞がれてしまうと、苦しくて力が発揮できません。
「おい、誰かコイツにとどめを刺してくれ!」
ワッポロごしとは言え腕を噛み砕かれる苦痛に耐えながら、鉄は声をしぼり出して仲間たちに呼びかけます。
しかし仲間たちはみんな怖がって、とどめを刺すどころか動くことすらできません。それだけ鉄と母狼の死闘が鬼気迫るものだったのでしょう。
鉄の腕はグイグイ押し込まれ、ついには母狼の腹まで到達しました。
執念で耐え続けていた母狼ですが、呼吸ができないためとうとう息絶えてしまいます。
いっぽう腕の骨を完全に噛み砕かれてしまった鉄も無事ではなく、仲間に担がれながら帰ったものの、程なく亡くなってしまったのでした。
終わりに
四ニ 六角牛山の麓にオバヤ、板小屋などいう所あり。広き萱山なり。村々より刈りに行く。ある年の秋飯豊村の者ども萱を刈るとて、岩穴の中より狼の子三匹を見出し、その二つを殺し一つを持ち帰りしに、その日より狼の飯豊衆の馬を襲うことやまず。外の村々の人馬にはいささかも害をなさず。飯豊衆相談して狼狩をなす。その中には相撲を取り平生力自慢の者あり。さて野に出でて見るに、雄の狼は遠くにおりて来たらず。雌狼一つ鉄という男に飛びかかりたるを、ワッポロを脱ぎて腕にまき、やにわにその狼の口の中へ突き込みしに、狼これを噛む。なお強く突きいれながら人を喚ぶに、誰も誰も恐れて近寄らず、その間に鉄の腕は狼の腹まで入り、狼は苦しまぎれに鉄の腕骨を噛み砕きたり。狼はその場にて死したれども、鉄も担がれて帰り程なく死したり。
※『遠野物語』より
今回は我が子を殺された母狼の復讐と、一騎討ちのエピソードを紹介しました。
どんな生き物であっても、我が子が大切なのは同じこと。いたずらにその生命を奪われれば、復讐したくなるのも道理でしょう。
人間が自然と共生する上で、どう接するべきかを考えさせられます。
※参考文献:
- 柳田国男『遠野物語』集英社文庫、2011年6月

