大河「べらぼう」蔦屋重三郎、次の舞台へ!新しい幕開けを飾る桜並木と当代一の花魁・誰袖(福原遥)【前編】:2ページ目
瀬川の夢「恩が恩を呼ぶ」が蔦重の“新しい幕開け”
12月18日、平賀源内が獄中で亡くなり、改めて「俺、源内先生が死んだって信じねえことにします。」と『耕書堂』の名を広め源内の意思を引き継ぐ覚悟を決めた蔦重。年が明けた安永9年(1780)。この年は、蔦重が版元として成長する上での大きな節目になりました。
前回16回で、蔦重が自ら筆を取り物語を書きながらも難しくて悩む場面で、朋誠堂喜三二(尾美としのり)が「恩が恩呼ぶ、めでてぇいい話だよ。共に考えていた人もきっと喜んでくれるよ」と称賛したのを覚えている人も多いでしょう。この「共に考えていた人」とは、もちろんあの瀬川です。
蔦重と結ばれた夜、瀬川は「巡る因果は恨みじゃなくて、恩がいい。恩が恩を生んでいく。そんなめでたい話がいい」「助けた亀が恩返しに来るような話がいい」と、“自分が本を書くのなら、こういう話にする”……という“夢”を語っていました。
その夢を元に、蔦重が書き上げたのが『伊達模様見立蓬莱』です。(史実では作者不明ですが「蔦重」ではないかとされています)浦島太郎の「亀の恩返し」のような内容で、助けた亀のおかげで吉原の遊女が幸せになるという、瀬川の“夢”が詰まった話になっています。
蔦重の“夢”を叶えるため去った瀬川。そんな彼女が託したストーリーから生まれた一冊の本『伊達模様見立蓬莱』が、蔦重を新しい舞台へと、背中を押す。そんな、粋で鮮やかな展開にしたのは、まさに森下脚本の妙ですね。
この本が、瀬川に届きますように
ある日。「お前さんは本が好きだったよねえ。これが江戸で評判の『耕書堂』の本だよ」と、誰かが『伊達模様見立蓬莱』を瀬川に渡す。
ぱらぱらとページをめくった瀬川は、蔦重と過ごした夜に語った「こんな本がいい」というストーリーを重三が書籍にした……と知る。
そして、涙ぐみながら離れていても蔦重との深い絆を感じ、新たな宝物にする……そんな風になるといいなと思った人も少なくはないでしょうか。(筆者の妄想です)
