
人々の切実な願望を祈願した象徴「陰陽石」とは?奈良・水谷神社の「子授石」についての考察【後編】:2ページ目
子授け石・イブキの巨木を清浄な空気が包み込む
さて、このあたりで本題である「水谷神社」の「陰陽石」についてお話しを始めましょう。
同社の「陰陽石」は、社殿前の「子授石」と社殿下の磐座の二石あり、「子授石」が陰石、磐座が陽石とされます。
陰石の「子授石」は誰が見てもそれとわかる女性器の形状で、「子宝に恵まれる」という霊験で知られます。
一方陽石は、社殿の土台基礎部分、井桁に組んだ土台の中央部に朱塗りの木材に押しつぶされるようにあり、漆喰で塗り固められています。それ故に原型はよくわかりませんが、磐座の上に男性器の形状の石を置いたのではないかとも推測されます。
この磐座を漆喰で塗り固めるという特異さは、全国の陰陽石信仰の中でもとても珍しいのではないでしょうか。ただ、春日大社本殿玉垣内にも同様に漆喰で固めた磐座があるとされますので、もしかしたら、春日大社特有の信仰のカタチなのかもしれません。この点においては、まだまだ分からないことが多く、考察を重ねる必要がありそうです。
「水谷神社」の瑞垣の隅には、ひときわ目を引くイブキの巨樹が伸びています。現地説明板によると幹周6. 55m・樹高12. 5mで、先端部分は枯死しており、全体的にもほとんど葉がない状況です。倒壊を防ぐためでしょうか、2本の金属製の柱で支えられています。
実はこのイブキ、説明板によると「幹は空洞になっており、その中から杉が育ち、イブキの大きな幹が杉を抱え込む形になっている。 この不思議な関係のイブキと杉は古くから『水谷神社の宿り木』の名で知られている。』と記されています。
つまり、イブキの幹はすでに空洞になっていて、その中で杉が大きく育ち、その杉はイブキの幹に抱え込まれているということです。この不思議なイブキと杉の共生は、古くから「水谷神社」の「寄生木」として知られています。
このイブキこそ「子授石」に対して対を成す、陽木ではないかという説を唱える人もいるようです。自然物崇拝という意味では、石が樹木になってもなんら違和感がなく、かえってほぼ前に位置する「子授石」に向かい、そそり立っているように見えてくるから不思議です。
天気が良い日でも薄暗い、森の深緑の中に鎮座する朱色の社殿。そして、ひっそりと置かれた「陰陽石」、威厳あふれるイブキの巨樹。ここには、神社本来のもつ清浄な空気が流れる空間が存在します。
決して大きいとは言えない社殿に手を合わせれば、こころ癒され、精神の平安を取り戻してくれそう。いつ訪れても「水谷神社」は、そんな雰囲気に包まれています。
奈良に行く機会があれば、ぜひお参りしていただきたい「水谷神社」。必ずやこころ落ち着くひと時を過ごせるでしょう。