「大河べらぼう」にも登場!遊女屋の主人「忘八」が忘れた“八つの徳“とは?詳しく紹介:2ページ目
信(しん)とは何か
わかりやすく言えば「言ったことは守る」態度。動物の鳴き声とは異なり、人間の言葉は意味があるものです。
(※動物の鳴き声については諸説ありますが、ここでは便宜上この前提とします)
言葉の意味に基づいて約束や絆が構築されて行きますが、言葉の意味を違えるならば、それは動物の鳴き声と変わりません。
人間を人間たらしめる言葉の重みを、行動によって保つことを信と言うのです。
孝(こう)とは何か
現代でも親孝行などと言う通り、子供が親を思う(敬愛する)気持ちと、その実践を表しています。
現代でも自分より上の世代を尊属と呼ぶように、年長者を尊重することが道徳の基本とされました。
悌(てい)とは何か
先の孝と似ていますが、これは親を除く年長者に敬愛の対象が広がります。
古来「長幼の序」と言う通り、昔から年長者を大切にすることが社会秩序の基本として評価されました。
昨今では「老害」なんて言葉もありますが、年齢を重ねても敬愛に値するよう、努め続けたいものですね。
忠(ちゅう)とは何か
臣下が主君を大切にする精神を、古来忠義や忠誠と呼んできました。
忠という漢字は中の心と書くとおり、主君に対して裏表のない真心を示す様子を表しています。
たまにブラック企業の経営者や上司などが「俺に忠誠を誓え」みたいなことを言いますが、そんなことを言う時点で「自分はそれに値しない」と宣言しているも同じでしょう。
終わりに
とまぁこんな具合に、遊女屋の主人である忘八が忘れてしまった八つの徳について紹介してきました。
みんながみんなそうではなかったのかも知れませんが、徳なんて言っていたら生き残れない厳しさも伝わってくるようです。
果たしてNHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」では、色んな忘八たちが登場します。
彼ら彼女らにも守るべきものがあり、大切にしていた精神があったのでしょう。これからそれがどのように描かれるのか、楽しみに観ていきたいですね。
※参考文献:
- 加地伸行『儒教とは何か』中公新書、1990年10月
- 島田虔次『朱子学と陽明学』岩波新書、1967年5月
