聖徳太子の有名な肖像画は謎だらけ…描いたのは中国人!?ではそもそも描かれた理由は?:2ページ目
そもそも後世の創作
しかし、本当に聖徳太子が儀式の場などで笏を使っていたかというと、その可能性は低いです。
日本で笏が使われるようになったのは聖徳太子よりも後の時代です。太子が生きていた時代には、まだ笏はありませんでした。
「聖徳太子二王子像」で太子が笏を持っているのは、あくまでも後世の人の想像です。
ではそもそも「聖徳太子二王子像」が描かれたのはいつなのかというと、実ははっきり分かっていません。
一応、人物の眉の描き方などから、8世紀半ばの奈良時代だろうというのが通説になっています。
つまりあの絵は太子の死後百年以上も後の作品であり、生前の姿を描いたわけではないのです。画中の太子が、存命中にありえなかった笏を手にしているのはそういう事情もあるのです。