【逃げ上手の若君】武将・北条時行の最大の庇護者にして諏訪氏の当主・諏訪頼重の人生と真の姿:中編
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【逃げ上手の若君】武将・北条時行の最大の庇護者にして諏訪氏の当主・諏訪頼重の人生と真の姿:前編
マンガ『逃げ上手の若君』は、北条時行を主人公とする南北朝時代を扱った物語です。物語でも史実でもそうですが、時行を守り育てたのが諏訪頼重(すわよりしげ)でした。頼重は物語中では未来を見通す力を持つと…
建武の新政における小笠原氏との関係
鎌倉幕府の滅亡後、後醍醐天皇の親政によって信濃国にも変化が訪れます。
元弘3(1333)年、足利尊氏に属して戦った小笠原貞宗が信濃国の守護職に就任。頼重ら諏訪氏と対立を深めていくこととなります。
守護職は、国の軍事と警察を統括する役職です。
鎌倉時代までは諏訪氏が担っていましたが、有力な武家である小笠原氏に取って代わられた形でした。
マンガ『逃げ上手の若君』でも、諏訪氏と小笠原氏の激しい対立が描かれていましたね。
実際、守護職にあるかどうかでそれほど違いがあるのでしょうか?
鎌倉時代までの守護職は、守護人奉行ともいい、あくまで軍事や警察が主だった権限でした。
しかし室町時代(厳密にはまだ入っていませんが)になると、守護職は守護大名と言われるようになり、行政官的地位を強めていきます。
信濃において小笠原氏の影響力が強まることは、自然と諏訪氏の地位が低下することを意味していました。
このときは、頼重が北条時行を諏訪に匿っていた時期です。当然事実は秘密にされていたでしょうから、小笠原氏にバレればただではすみません。
二重の意味で頼重は苦悩していたことでしょう。
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