遣唐使の廃止と国風文化の発展は関係ない?「894(ハクシ)に戻す遣唐使」は現代の通説ではない【前編】:2ページ目
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きれいには割り切れない
こうして見ていくと、私たちが今までの歴史教科書によって漠然と思い描いていたイメージも変わってくるのではないでしょうか。
今までは、「遣唐使の派遣は頻繁に行われており、それによって中国(唐)の文化がたくさん入ってきた。そしてそれをスパッと廃止したことで、日本独自の文化(国風文化)が育つことになった」というイメージだったと思います。
しかし実際には、もともと遣唐使の派遣はそれほど頻繁ではなく、停止することもあれば、50年以上も間が空いてしまうこともあったのです。
よって「唐からの文化が頻繁に輸入されていた時期」と「唐からの文化輸入が途絶えた時期」がきれいに割り切れるとも言えないのです。
さらに言えば、そもそも894年以降、「唐からの文化輸入」は本当に途絶えていたのか? という問題も残ります。
【後編】では、ここまでで説明した菅原道真の建言によって、そもそも遣唐使は停止されたのか、「唐からの文化輸入」は途絶えたのか? という点を見ていきましょう。
【後編】の記事はこちら↓
遣唐使の廃止と国風文化の発展は関係ない?「894(ハクシ)に戻す遣唐使」は現代の通説ではない【後編】
遣唐使のストップは「某日」?【前編】では、遣唐使の派遣はさほど頻繁に行われていたわけではなく、「唐からの文化が頻繁に輸入されていた時期」と「唐からの文化輸入が途絶えた時期」がきれいに割り切れるとは…
参考資料:
浮世博史『古代・中世・近世・近代これまでの常識が覆る!日本史の新事実70』2022年、世界文化社
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