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仙人に、おれはなる!大空を飛びたすぎて仙術修行にハマってしまった平安貴族・藤原友人の生涯

仙人に、おれはなる!大空を飛びたすぎて仙術修行にハマってしまった平安貴族・藤原友人の生涯

♪そ~ら~を自由に、飛~びたぁ~いな~……♪

なんて誰もが一度は、思い浮かべたことがあるのではないでしょうか。もしも空が飛べたら、皆さんなら何をしたいですか?

そんな思いは昔の人も変わらなかったようで、今回は空を飛びたかった平安貴族・藤原友人(ふじわらの ともひと)を紹介。果たして彼は、どのような生涯を送ったのでしょうか。

礼儀知らずの変わり者

藤原友人は神護景雲元年(767年)、藤原南家乙麻呂流の流れをくむ藤原是公(これきみ)の子として誕生しました。

【藤原南家乙麻呂流 略系図】
……藤原鎌足-藤原不比等-藤原乙麻呂-藤原是公-藤原友人……

母親は不詳、兄には藤原真友(まとも)・藤原雄友(おとも)・藤原弟友(おととも)、姉妹には藤原吉子(きつし/よしこ)がいます。

生まれがよくないため、兄たちに比べて出世が遅れた友人。姉妹の吉子が桓武天皇(かんむてんのう。第50代)に入内し、延暦2年(783年)に第三皇子となる伊予親王(いよしんのう)を出産しても、あまり出世はできませんでした。

というのもこの友人、性格が悪い上に礼儀知らずで、挙げ句の果てには仙道(仙人の術)を好む変わり者だったと言います。

仙術を使って空を飛びたかったようですが、何度チャレンジしても上手く行きません。人々の笑い者にされたことでしょう。他の仙術も試してみたのか、気になるところです。

そんな友人でも妻はいたようで、『尊卑分脈』によれば藤原息道(おきみち)・藤原良道(よしみち)という息子を授かっています。

2ページ目 友人、ようやく播磨権介に

 

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