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噂話、ゴシップ……「卑近で微細な情報は金になる!」に気がついた江戸時代の古本商・須藤由蔵

噂話、ゴシップ……「卑近で微細な情報は金になる!」に気がついた江戸時代の古本商・須藤由蔵

由蔵の名前は、ますます広まり、いつしか「古本屋」から、新しい風聞を売るもの、すなわち「新聞屋」となっていきました。そのうちに、自分が集めるだけではなく、情報を売りに来る者たちも現れ始めました。由蔵は、それらの信憑性を一つひとつ確かめ、情報としての価値を吟味して買い取っていったそうです。

情報は買った金額の三倍の値段で売ったというから、なかなかのやり手です。人を雇って情報を集めるようになっても、自身でその情報を書き記すことをやめなかったそうです。集まってくる情報には、かなり信憑性があり、藤岡屋の新聞は信頼できると、評判でした。

彼が60年近く記し続けた諸情報は、『藤岡屋日記』といい、独身だった彼は、晩年、一切を世話になった中川屋に無償で譲渡し、江戸を離れ、甥をたよりに、故郷の藤岡に帰ったそうです。1870(明治3)年のことでした。

その後、間もなく亡くなったと伝わっています。中川屋に残されていた日記は、その後、東京帝国大学の教授が買い取って、後年、『藤岡屋日記』(全150巻152冊)として刊行されましたが、惜しいことに、原本は関東大震災で焼失してしまいました。

日本最初の日本語の日刊新聞は京浜地区で1870年(明治3)年に創刊された、横浜毎日新聞だとされていますが、江戸時代の瓦版なども含め、明治以前の日本には、既に情報を収集して、編集して、販売する情報屋のはしりともいえる商売が存在していたことがわかります。

参考

鈴木 棠三、小池 章太郎 編「藤岡屋日記」『近世庶民生活史料』(1987 三一書房)

 

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