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養子に出され、勘当され……徳川家康の六男・松平忠輝(まつだいらただてる)とは?

養子に出され、勘当され……徳川家康の六男・松平忠輝(まつだいらただてる)とは?

家康から勘当される

慶長11年(1606年)には、忠輝は、伊達政宗の長女・五郎八姫(いろはひめ)と結婚。しかし、慶長20年(1615年)には、父・家康から勘当されてしまいます。

これにも諸説あるのですが、大阪夏の陣に遅れてしまったことや、将軍・秀忠の忠臣を斬ったことなどが理由として考えられています。

そして、翌年には秀忠によって改易、配流となりました。こちらの理由については、上記に加え、忠輝がヨーロッパとの交易に積極的だったからというものもあります。

ちなみに、改易となった時点で五郎八姫(いろはひめ)とは離縁しています。

92歳まで生きた

忠輝は、改易のあと伊勢国(現在の三重県北中部)に配流され、その後、高島城(長野県諏訪市)の諏訪頼水(すわよりみず)という場所に移されました。

そこでは92歳で亡くなるまで58年のときを過ごしました。当時としては驚異的な長寿でした。晩年は、好きな俳句を詠んだり、釣りを楽しんだりしたと言います。

いかがでしたか?この記事が、みなさんが少しでも日本文化や歴史の面白さに興味を持つきっかけになれば嬉しいです。

 

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