それ、火を消すより大事なの?平安京の火災と貴族たちの反応にびっくり:3ページ目
池の水をかけてはならぬ
時は長暦元年(1040年)9月、土御門内裏(里内裏。仮御所)で火災が発生。警備していた左右近衛陣の吉上(きちじょう。六衛府=朝廷の警備担当6部署から派遣されている下級役人)たちが必死に池の水を汲んではぶっかけ消火に当たります。
「ダメだ、火の勢いが強すぎる!」
「もっと水を汲んで来い!」
なおも諦めず消火活動を続ける吉上たちに、上層部から「待った」の声がかかりました。
「神聖な御所に不浄な池の水をかけるのはいかがなものか。この行為の吉凶を卜(ぼく。占いによる判断)していない。あたら御所を穢してしまわぬよう、このまま火が消えるのを待つべきである」
そんなバカな……とは言え、上層部に逆らうことも出来ません。果たして御所はすっかり焼け落ちてしまったのでした。
不浄な状態で保たれるくらいなら、清浄な状態で焼け落ちた方がマシ……というのが平安貴族の美学だったのでしょう。
「まったく、やんごとなき連中の考えることは分からんな!」
しかし、緊急事態には不浄だ何だと言っていられません。
これを教訓として同年12月、左近衛陣で火災が発生した時は滝口武者の清原定清(きよはらの さだきよ)が現場判断で素早く対処。吉上たちに檜皮を壊させ、ためらうことなく池の水を汲んでぶっかけ、消火に成功したのでした。
終わりに
以上、平安京の火災エピソードを紹介してきました。
火事場泥棒は(もちろん悪いけど、動機は)理解できるとして、火災現場へ立ち入るために身分が必要とか、池の水は不浄だから使うなというのは驚きですね。
人間の本性は切羽詰まった時にこそ出ると言いますが、本気でそう考えていたのでしょう。
その後に改善されたとは言え、恐らく「池の水を消火に使うのは吉か凶か」と占って、是が非でも「吉」と出したものと思われます。
とにかく火事の時はモノを惜しまず、とにかく命を守ること。そもそも火事を出さないように、日頃から用心したいですね。
※参考文献:
- 倉本一宏『平安京の下級官人』講談社現代新書、2022年1月