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お前以外には誰にもやらせぬ!信頼する家臣を熱く抱擁、キスをした伊達政宗の男色事情【後編】

お前以外には誰にもやらせぬ!信頼する家臣を熱く抱擁、キスをした伊達政宗の男色事情【後編】:2ページ目

愛する美青年家臣に熱い抱擁とキスを

さらに、「こちらが本命の相手」だったといわれているのが「片倉重長(かたくらしげなが)」です。

片倉重長は、片倉景綱の息子であり、父の後を継いで伊達家の家臣となり政宗に仕えました。

戦国時代屈指の美青年として知られ、そのあまりの美しさは、男色家として知られる小早川秀秋(豊臣秀吉の正室・高台院の甥)に、上洛の際、しつこくストーキングされたほどだったとか。

そんな片倉重長が30歳の時、大阪の陣出陣前のことでした。

重長は、初陣となるこの大阪の陣で「片倉」の名を汚さないようにと、戦の先頭に立ち戦うため「先陣」を切りたいと決意しました。

そして、出陣前の伊達政宗を捕まえ、「どうか先陣は私に」と頼み込み見込んだそうです。

先陣という危険な役目を、自ら志願した片倉重長に心を打たれた政宗。

「お前以外に先陣は、誰にもやらせぬものか!」と重長を熱く抱きしめ、ぐっと手を引き寄せ、ハラハラと涙を落とし重長の頰にキスをしました。

そんな政宗に、重長も感動し「誠にありがたき幸せ」と、政宗を熱く抱きしめたそうです。そして、政宗の熱い想いに応え、敵将の後藤又五郎を打ち取る大活躍をしました。

当時の武将の男色は、ただの色恋や性愛だけではなく、主君と家臣という深い絆を結び合う意味合いもあったといわれています。

【前編】【後編】と、お読みいただきありがとうございました。

 

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