手洗いをしっかりしよう!Japaaan

討幕への口火に!黒幕・西郷隆盛が仕組んだ薩摩屋敷焼打ち事件とは【薩摩藩邸焼打ち事件の真相編】

討幕への口火に!黒幕・西郷隆盛が仕組んだ薩摩屋敷焼打ち事件とは【薩摩藩邸焼打ち事件の真相編】:2ページ目

事件から伺える西郷隆盛の人物像

 

鳥羽伏見の戦い・戊辰戦争の口火となった「薩摩藩邸焼打ち事件」は、武力討伐によって江戸幕府を壊滅させた歴史の大きなターニングポイントであったといえよう。

それを見事に的中させた西郷隆盛はやはりただ者ではなかっただろう。西郷の画策なくしては、明治維新後の薩長藩閥の政治形態はなかったかもしれない。

西郷隆盛といえば、

・大きな体で、気が優しくて力持ち
・類まれなるリーダーシップと政治力をあわせ持つ人物
・誰からも愛される気さくな人

一般にこのようなイメージで語られることが多いのではないだろうか。

しかし、こと「薩摩藩邸焼打ち事件」を通じてその人物像を伺ってみると、そこには目的達成のためには手段を選ばない冷徹」な西郷の人物像が浮かび上がってくる。

薩摩藩邸焼打ち事件」では、薩摩浪士隊と交戦した武士だけでなく、商人や町民といった庶民の犠牲者が数多く生じた。

そして、なによりも西郷の意を受けた浪士たちの多くが死傷したのだ。生き残った彼らはどうなったのか?明治の世に、その働きに応じた報酬を得たのだろうか?そのほとんどは、歴史の闇の中で悲惨な末路をたどっていった。

最後に、西郷が戊辰戦争後に板垣退助と交わした「薩摩藩邸焼打ち事件」についての話しを紹介して、この記事を終わらせたい。

薩摩藩邸にあんな恐ろしい浪士たちを放り込んで戦争を始めるとは。あなたは、深慮遠謀に長けた、なんとも恐ろしい人だ。(西郷隆盛)

いやいや、何を申されるか。あの事件を工作した西郷先生こそ、随分と危険なお人だと思いますよ。とにかく、首尾は上々でしたな。あれはさまに戦争を起こす好機でしたね。(板垣退助)

そうですな。浪士たちが騒いだあの事件こそが、戊辰戦争の幕開けであったと確信していますよ。(西郷隆盛)

3回にわたり、お読みいただきありがとうございました。

 

RELATED 関連する記事