日本最古級の色街「木辻遊郭跡」をならまち(奈良市)で見つけた!旅で見つけた隠れ歴史スポット【後編】:2ページ目
街中に今も残る遊郭の面影
それでは、いよいよ木辻遊郭跡をめぐっていきましょう。といっても、同じ奈良県内の三大遊郭(木辻遊郭・東岡遊郭・洞泉寺町遊郭)である大和郡山市の洞泉寺町遊郭跡にある「旧川本邸」などの重厚な妓楼建築が多く残っているわけではありません。
木辻遊郭跡は、ならまちのごく一画、住所でいえば東木辻町を中心にした狭いエリアにその面影が見られる程度なのです。
しかし、このあたりを歩くと、遊郭の残影を感じられるものは、街のあちこちに垣間見られます。そんなスポットを幾つか紹介しましょう。
貴重な妓楼建築を伝える静観荘
妓楼建築を今に伝える現役の旅館です。当時の繁栄をみてとれる築100年を超える大変貴重な建築物が現存。館内にも往時の妓楼の意匠が良く残され、外からでは伺い知ることができない立派な庭園もあります。
赤線廃止後は旅館になり、往時のノスタルジックを味わいたい遊郭マニア垂涎の宿です。外国人ツーリストにも大人気で、コロナ過前は週末を中心に予約が取れにくい宿として知られていました。
古い建物は相当な維持費がかかります。ましてや、これほどの規模で現役の旅館となるとその苦労は大変なものではないでしょうか。1日でも早く、コロナが終息し、宿泊客が戻ってくることを願ってやみません。
木辻遊郭の入り口・大門アーチ跡
歩いていると突然現れるスーパーマーケット・ビッグナラの案内板。ここはかつて、木辻遊郭の入り口を示す看板を掲げた大門があった場所で、苦界と俗界を隔てるところでした。
看板の示す通りに右に進むとビッグナラがあります。ここにはかつて遊郭に付きものの病院があったそうで、多くの娼妓たちが定期的な診察を受けていたと伝わります。
遊郭時代を彷彿とさせる町家
木辻遊郭跡には、静観荘以外に判然とした妓楼建築はありません。しかし、大門跡の坂道を東に登ったところ、かつての木辻遊郭のメインストリートあたりに、遊郭時代を彷彿とさせる町家がいくつか残っています。
どの町家も当時そのままとはいかず、新しく手が加えられています。そのほとんどが住宅になっているので、見学の際はご迷惑にならないよう十分に気をつけましょう。
遊女の引導寺であった称念寺
称念寺は、鎌倉時代に東大寺を再興したことで知られる重源の開基とされる浄土宗の寺院。境内の愛染堂は、木辻遊郭が盛んな頃、遊女たちの日参祈願で賑わったといいます。
また、死亡した後に引き取り手のない遊女の引導寺でもありました。かつては遊女の墓地があったものの、その墓石は今は無縁墓として境内の一画に積まれています。