パパ大好き!やんごとなき少女が想いを伝えた『徒然草』のほっこりエピソード:2ページ目
会いたい、恋しい……悦子の思い
「どれどれ……これは、姫からの文か……」
お使いから諸々受け取った後嵯峨上皇は、悦子の手紙を見つけると、いの一番に開きます。
ふたつもし(二つ文字)うしのつのもし(牛の角文字)すくなもし(直ぐな文字)
ゆかみもしとそ(歪み文字とぞ)きみはおほゆる(君は覚ゆる)
いったい何の暗号か?しばし考えこんだ後嵯峨上皇は、やがて膝を打って笑いました。
「やっと謎が解けた……何とゆかしき御歌であろうか!」
二つ文字とは、漢数字の「二」に似た形をしている平仮名の「こ」、牛の角文字とは平仮名の「い」、直ぐな文字とは平仮名の「し」、そして歪み文字とは平仮名の「く」……つまり「あなた=父を恋しく思っている」というメッセージなのです。
(※)恋しくなら「こひしく」ではなかろうかと思いますが、平仮名の「ひ」も、よく見れば牛の角みたいですね。
また、文字を「御目文字(おめもじ。お目にかかる=会うことの女房言葉)」にかけたのだとしたら、
「再び会いたい。憂しき思いは募るばかり、会える機会が少なすぎて、すぐにも会いたい。皇室のしきたりを歪めてでも会いたいほど、お父様を恋しく恋しく思っているのです」
というメッセージも読み取れそうです。ここまで慕われて父親冥利に尽きる後嵯峨上皇は、さぞや鼻の下を伸ばしたことでしょうね。
終わりに
延政門院、いときなくおはしましける時、院へ参る人に、御言つてとて申させ給ひける御歌、
ふたつ文字、牛の角文字、直ぐな文字、歪み文字とぞ君は覚ゆる
恋しく思ひ参らせ給ふとなり。吉田兼好『徒然草』第62段より。
【意訳】
延政門院(えんせいもんいん。悦子)が幼少の頃、後嵯峨院(上皇)の元へお使いに行く人に言伝した(実際は手紙を渡したと思われる)御歌。
……父親を「こ・い(orひ)・し・く」思っているという意味である。
傍からはちょっとファザコン気味に見えなくもありませんが、ほっこり心温まるエピソードとして、作者の吉田兼好(よしだ けんこう)は伝えています。
まぁ、そのうち10歳も過ぎれば反抗期に入って「私の服、お父さんのと一緒に洗濯しないでよね!」「あのオヤジ、まぢうぜーんだけど!」などと暴言を吐くようになるものです(もちろん吐かない娘もいます)。
しかし、どうかその時も、幼き日の思い出を胸にしまいながら、娘さんの成長を優しく見守って欲しいと思います。
※参考文献:
小川剛生 訳注『新版 徒然草』角川ソフィア文庫、2015年3月