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10代前半の少女も。北海道室蘭市にあった政府公認の遊郭「幕西遊郭」の歴史と現在

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幕西遊郭の歴史について

幕西遊郭の歴史は、昭和初期に起こった恐慌時代にさかのぼります。当時の日本は、戦後・震災・金融など各方面からの要因が重なり、大恐慌時代に突入しました。さらに追い打ちをかけるように、凶作にも見舞われたのです。

よって東北の貧しい農家の娘たちは、家族を助けるため、女工になるか身売りをするか迫られました。どちらを選択しても、過酷な労働が待ち受けていることは確か。

そこで、より賃金の高い身売りを選んだ娘たちの多くが幕西遊郭へ渡ったのです。今では考えられませんが、当時の東北では堂々と「娘身売相談所」となる窓口まで存在していました。

そのとき北海道の中でも室蘭市は、工業の中心地として栄えており、同時に多くのタコ部屋労働者も本州から渡ってきていました。タコ部屋労働者とは、戦後の北海道で身体的拘束の中、劣悪な環境のもとで行われた過酷な肉体労働を課せられた人々のことです。

彼らの中には囚人も含まれていましたが、多額の借金がある者、また業者に騙された者など、そのバッググラウンドはさまざまでした。そして日々の悲惨な労働のもと、荒み切った男たちを慰めるための場所として幕西遊郭が誕生したのです。

そこで働いていた女性たちは若く、10代前半の少女も含まれていたそうです。また遊郭のあった幕西坂では、女郎をめぐる男たちの争いが絶えず、後に「人殺し坂」と異名がつくほどでした。

それほどまでに、男たちは追い詰められ酷使されていたのでしょう。しかし忘れてはならないのが、その男たちの下で欲を満たすための道具と化した女性たちの存在です。

華々しい発展の裏側で繰り広げられた、凄まじい人間模様があったことは、現在も多く語られてはいません。命をかけて働いた労働者、それを受け止めた女郎、ともにこの激動の時代における犠牲者なのではないでしょうか。

3ページ目 幕西遊郭の跡地はいま

 

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