自分の母親を殺そうとした男の末路…平安時代の説話集『日本霊異記』が伝える親心エピソード:2ページ目
「あぁっ!」
どうしたことか足元の地面がバックリと裂けて、息子は奈落の底へ落ちかけます。
(※)『日本霊異記』では、こういう不思議なエピソードが集められています。
「危ないっ!」
母親がとっさに息子の髪をつかんだお陰で、息子の身体は宙づり状態となりましたが、成人男性の体重を、年老いた母親一人で支えるのは大変です。
これは息子に対する天罰に違いない……母親は必死に耐えながら、天を仰いで叫びます。
「吾(あ)が子は物に託(くる)ひて事を為せり。実(まこと)の現(うつ)し心には非ず。願はくは罪を免(ゆる)し給へ」
【意訳】私の息子はモノノケに狂わされてこんな事をしてしまったのです。本心から私を憎んでいる訳ではなく、本当はとてもよい子なのです。どうかこの子の罪をお許し下さい。お願いします!
「うるせぇ、××婆ぁ!痛ぇじゃねぇか、放しやがれ!」
この期に及んでも錯乱状態の息子は自分を助けようとしている母親への悪態をやめず、また天もその罪を許すことなく、息子の髪がブチブチと切れてしまいました。
「あぁ……」
かくして息子は奈落の底へと真っ逆さま……きっと地獄の業火に焼き尽くされてしまったことでしょう。
終わりに
……と言う、実に救いのないエピソードですが、どんな状態であろうと、それこそ自分が殺されようと子供だけは助けたい親心がひしひしと伝わって来ます。
しかし、今回は鬼に惑わされてしまったものの、そもそもこういう事態に陥らないに越したことはありません。
一、赤子はしっかり肌を離すな
一、幼児は肌を離し、手を離すな
一、少年は手を離し、目を離すな
一、青年は目を離し、心を離すな
これは「子育て四訓」と言うそうですが、子供は成長段階に応じて適切な距離感をもって愛情を伝えることで、鬼にも惑わされない親子の絆が育まれるのではないでしょうか。
※参考文献:
小山聡子『もののけの日本史 死霊、幽霊、妖怪の1000年』中公新書、2020年11月
高橋貢ら訳『日本霊異記』平凡社、2000年1月