猫ブームは江戸時代にも!暮らしの中にいたカワイイ・怖い・縁起がいい…様々な猫たち【後編】:2ページ目
招き猫の由来いろいろ
今戸焼説
江戸時代、浅草に住んでいた老婆が貧しさゆえに愛猫を手放したところ、夢にその猫が登場し「自分の姿の人形を作って売りなさい」と告げたそうです。
江戸の郷土人形である今戸土人形で招き猫を作ったところ、大人気となりました。
豪徳寺説
江戸時代、彦根藩の藩主井伊直孝一行が、引徳院という小さな寺の前を通りがかりました。
すると、門前で和尚の飼い猫が手招きをしたので、寺で一休みをしたところ雷雨が起こり濡れずに済んだとか。
直孝は引徳院に多額の寄進をし、井伊家の江戸の菩提寺と定めました。
この猫をモデルとしたのが、あの有名な「ひこにゃん」です。
自性院説
東京都新宿区にある自性院(じしょういん)が発祥の地とする説です。
江古田原・沼袋の戦いで劣勢になり、道に迷った太田道灌の前に黒猫が現れ自性院に案内。それをきっかけに道灌は勢いを盛り返したので、この寺に猫の地蔵尊を奉納した。
このほかにもいろいろな説がありますが、IT時代の現代においても、招き猫は福を呼び寄せてくれる存在として愛されています。