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「理想の女性」にただ一つ欠けていたもの…源氏物語の正ヒロイン「紫の上」の憂鬱【下】

「理想の女性」にただ一つ欠けていたもの…源氏物語の正ヒロイン「紫の上」の憂鬱【下】:2ページ目

それでもやっぱり、光源氏を愛していた

これまで、どんなに光源氏が浮気をしようと、自分だけが揺るぎない一番であると信じていたから許せたのに……紫は裏切られたショックのあまり病床に伏せってしまい、とうとう出家を願い出ます。

現代なら出家しても、ただ頭を丸めたり、女性なら髪を下ろしたりする意外は俗人と変わらぬ暮らしぶりの者も多いですが、当時の出家とはそんな中途半端なものではなく、「俗世のすべてを断ち切る」ことを意味していました。

(※現代でも、建前上はそうなっているのですが)

すると、光源氏はこれまで散々浮気をしてきた自分の所業も棚に上げて「嫌だ!私を見捨てないでくれ!」となりふり構わず引き止めます。

あんなに頼もしかった(今でも外面上は権勢の絶頂にいる)光源氏が、ただ自分(にそっくりな藤壺)が恋しくて、子供のように泣きすがっている……そんな様子を見捨てるに忍びず、紫は最期まで出家を思いとどまるのでした。

こうして見ると、今や二人をつなぎとめているのは、単なる憐みや同情のようにも思えます。しかし、本当にそれだけだったのでしょうか。

たとえ最初の動機が何であれ、彼が孤独の中から連れ出してくれたのは、藤壺中宮ではなく、この自分。

彼がやさしく指に流し、丹念に梳(くしけず)り、愛でてくれたこの髪は、他の誰でもない自分の髪だし、それは目も肌も手指も何もかも、すべて同じ。

そして何より、他の誰でもない自分こそが誰よりも光源氏を愛していたし、かつて須磨から帰還した彼を抱きしめた時の喜びは、あれから少しも色褪せてはいない。

誰が愛してくれるとかくれないとか、立場がどうとかこうとか、そんな事は一切関係なく、ただ心の底から自分が光源氏を愛し、共に生きて来られた日々こそ真実であり、すべてだったのだ。

……と思っていたかは察するよりありませんが、互いが互いを求め、心より愛し合った二人の姿は、まごうかたなき「比翼の鳥」そして「連理の枝」であったと言えるでしょう。

【完】

※参考文献:
鈴木日出男 編『源氏物語ハンドブック―『源氏物語』のすべてがわかる小事典』三省堂、1998年3月
池田亀鑑『源氏物語入門』社会思想社、2001年4月
林田孝和ら編『源氏物語事典』大和書房、2002年5月
山本淳子『平安人の心で「源氏物語」を読む』朝日新聞出版社、2014年6月

 

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