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人質約700名の命と引き換えに逃亡。信長を裏切った戦国大名「荒木村重」【前編】

人質約700名の命と引き換えに逃亡。信長を裏切った戦国大名「荒木村重」【前編】:2ページ目

有岡城の戦い

再三の翻意要請にも応じない村重に、業を煮やした信長は村重討伐に挙兵。村重傘下の周辺大名に切り崩し工作を仕掛けながら有岡城を目指した。

織田方に寝返る勢力が続出した結果、有岡城は孤立する。12月に入ると本格的な攻城戦となったが、守りに長けた有岡城は健闘し織田軍は多くの兵を失ってしまう。

この事態を受けた信長は作戦を兵糧攻めに変更。持久戦に持ち込み、自らは安土城に帰城した。「堅城」といわれた有岡城はよく持ち堪えるが、1579年の9月に村重のとった行動によって事態は大きく急変することになる。

【中編へ続く】

 

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