怒り狂った老婆が包丁で!福島県に伝わる世にも恐ろしい昔話「三本枝のかみそり狐」【下】:2ページ目
彦兵衛、命からがら寺へ逃げ込む
「ひえぇ、助けてくれぇ!」
「待てぇ……この怨み、晴らさでおくべきか!」
真っ暗な竹やぶの中を必死で逃げる彦兵衛を、老婆はどこまでも執念深く追って来ました。もう随分と走っているはずですが、里には帰りつけるどころか、どんどん奥深くへ迷い込んで行く感じです。
「このままでは追いつかれる……あ、あそこに寺がある!匿(かくも)うてもらおう!」
彦兵衛は山門を駆け抜けて本堂まで転がり込むと、そこには一人の住職がいました。
「……いかがなされたか」
「故あって追われております。どうか……どうか匿うて下され!」
住職はしばし思案した様子でしたが、承知して御本尊の裏に隠れるよう促します。彦兵衛が隠れ終わった次の瞬間、包丁を握りしめた老婆が乱入して来ました。
「住職様!ここへ男が逃げ込んで来ましたろう!」
ガチガチと歯を噛み鳴らし、ざんばらに振り乱した白髪頭、地獄の鬼もかくやと思うほどの形相で住職に詰め寄ります。
「いや……ここには来ておらぬぞ」
「嘘じゃ!ここへ駆け込むのを、確かに見た!」
「まぁまぁ。そもそも何があったのか、事情を話しては貰えぬか……」
老婆は涙ながらに、娘を狐だと言い張って孫を焼き殺した彦兵衛の悪行を語ります。御本尊の裏でそれを聞いていた彦兵衛は、いつ住職が心変わりして、自分の居場所を明かしはしないか、気が気ではありません。
しかし、住職は老婆の話を最後まで聞き終えると、穏やかにこう諭しました。
「……確かに、その男の所業は罪深き過ちではある。しかし、仇討ちの血に穢れたそなたの腕に抱かれることを、冥土のお孫さんは喜ぶじゃろうか?」
「それは……」
一通り訴え散らして少し落ち着いた老婆は、涙をすすりながら口ごもります。
「天網恢恢、疎にして漏らさず。その男の罪は必ず仏様が罰して下さるゆえ、今夜のところは帰って娘さんを慰めておやりなされ。明朝、拙僧が供養に参ろう」
「……はい……」
あれほど怒り狂っていた老婆がすっかり大人しくなってしまったところを見ると、よほど徳が高く、日頃から慕われているのでしょう。