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これぞ江戸時代のシンデレラストーリー!八百屋の娘・お玉が歩んだ人生が華麗で素敵すぎ!

これぞ江戸時代のシンデレラストーリー!八百屋の娘・お玉が歩んだ人生が華麗で素敵すぎ!

桂昌院の陰に隠れたもう1人のシンデレラ

実は桂昌院の他にもう1人シンデレラストーリーを歩んだ人物がいました。その人物は4代将軍家綱の母・宝樹院(ほうじゅいん)です。

元々農家の出だった宝樹院は父が禁猟だった鶴を狩猟したため死罪となったので、罪人の娘でもあります。

しかし、宝樹院の母が江戸に出て奉公先の永井家で懸命に働き、おかげで女中として認められるようになりました。そして、母が古着商人・七沢清宗(ななさわ-きよむね)と再婚します。

宝樹院は清宗の経営する古着屋で働いていたところ、目に留まった春日局のスカウトを受けて大奥に入ります。そして、家光の側室になり、寛永18年(1641)に家綱を産みます。

農民から将軍の側室になった宝樹院でしたが、家綱が4代将軍になってすぐの承応元年(1653)に32歳で亡くなってしまいました。

なぜ宝樹院があまり知られていないのかというと、若くして亡くなったことが起因していると思います。それにより桂昌院の影に隠れてしまったのだと考えます。

最後に

身分に厳しい江戸時代だけあって身分を越えた結婚は、当時は大層羨ましがられたと思います。人生何があるかわからないので、ふとした瞬間に転機が訪れるかもしれませんね。

それにしても、春日局の人を見る目には驚きです。江戸版スカウトマンと言っても過言ではないですね。

 

 

 

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