たった一人で織田軍を足止めした歴戦の武者・笠井肥後守高利の壮絶な最期【後編】:3ページ目
壮絶な最期!滝川源右衛門と相討ちに
基本的に、攻撃は高所から繰り出す方が有利。低所で受けるほど不利となります。
馬上から槍を繰り出さんと迫り来る源右衛門に対して、徒歩でそれを受けねばならぬ高利は、圧倒的に不利な状況。
しかし、ここで一歩でも退けば最後。勢いは完全に源右衛門ひいては滝川軍のものとなり、最早食い止めることなど叶いません。
そもそも決死の覚悟を決めた以上は、退いて命を永らえる理由もなく、踏みとどまって戦うまでです。
(そうじゃ……絶体絶命と思うたが、よう考えてみれば、ただわしが死ぬだけではないか)
顧みれば武士の本領たる槍が一筋、確かにこの両手で握られている。
(わしはまだ、戦える。死ぬの生きるのと慌てたところで、活路はいつも前にしかない……!)
激戦の疲れからふと心に生じた迷いを完全に振り切って、高利は槍を構え直しました。
(よければ槍の餌食……先に怯んだ方が負けじゃ!)
これまで幾多の戦場で数多の敵と相まみえ、命のやりとりをしてきた中で、この賭けに負けたことはありませんでした。
己が槍を信じよ。己が武を信じよ。己が天命を信じよ。守るべき大義を信じよ。
永年にわたり研ぎ澄ましてきた槍の穂先のその先の、敵の命さえ見透かした向こうには、いつも「武田家の御為」すなわち「君民幸(さきわ)う甲州の夢」がありました。
一点の疑いもなく大義を信じ、駆け抜けてきた高利だからこそ、敵は怯み屠(ほふ)られ、尊い命を軍神(いくさがみ)に奉げて来たのです。
しかし、此度の敵である源右衛門もまた、高利と同じく「織田家の御為」すなわち「天下布武」の大望を信じ、それを微塵も疑いませんでした。
……かくして両者一歩も譲らず、互いの槍で互いを貫き合って源右衛門は馬上より転げ落ち、高利は即死して大文字に果てたのでした。
その場でこそ辛うじて武運をつないだ源右衛門でしたが、高利から受けた槍の傷は深く、翌日息を引き取ったため、実質的には相討ちと言えるでしょう。