いつか彼女が振り向く日まで。江ノ島・鎌倉に伝わる弁天様と五頭龍の恋物語:3ページ目
恋の力で改心し、山となって人々を守る
さて、天上から降臨する弁天様に一目惚れした龍王ですが、平素の傍若無人ぶりはどこへやら、さんざん悩んだ挙げ句、勇気を出して彼女に自らの胸中を告げます。
が、彼女の答えは当然ながら「NO」。しょげ返る龍王に、弁天様は言います。
「私はあらゆる生命をはぐくみ、徳をもたらす使命を帯びてこの地上に参りました。しかしあなたは無慈悲な殺戮を繰り返し、その醜い心と姿で、どうして私と共に生きていけるでしょうか」
【原文】「われ本誓ありて、あまねく群萌をはくくむ。好生の徳物にあまねし、汝慈憐なくして生命をたつ、心すかたともおとなしからす。何所配偶の好述なからんや……」
※『江島縁起』より。
なまじプライドの高い男だと「ケッ。お高くとまりやがって、お前なんかこっちから願い下げでぇ!」などの捨て台詞と共に去っていくものですが、よっぽど弁天様に惚れ込んでいたのでしょう。龍王は必死に食い下がります。
「これからは改心して仏の御教えに従って生きていきます。もう人は殺しませんし、毒もまき散らさないと誓います。どうか信じて下さい」
【原文】「われ教命のままに、今よりのち物のために毒あらしとちかはむ。哀愍をたれて此志をとけしめよ……」
※『江島縁起』より。
その言葉に偽りなしと信じた弁天様は龍王を赦します。
「しかし、私には使命があるため、まだ一緒になる訳には参りません」
ここで短気な男だと「まどろっこしいこと言ってンじゃねえ!」などと苛立つかも知れませんが、龍王は違いました。
「いいでしょう。ならば私はあなたの使命をお助けし、いつかあなたに相応しい伴侶と認めていただけるまで、この地の人々を守り続けましょう」
そう言うなり龍王は大地と融け合い、やがて鎌倉西部に連なる山になったと言われています。
終わりに
現在、この山々には湘南モノレールや道路が通り、宅地開発も進んでいます。
江ノ島観光の道中に通りがかった際には、弁天様に一途な思いを抱きながら今も人々を守り続けている龍王のことを思い出してもらえたら、きっと彼の努力も報われることでしょう。
※参考文献:
清田義英『中世都市 鎌倉のはずれの風景』江ノ電沿線新聞社、平成八1996年8月1日発行