肩書よりも「あなた」が大切―京都五山の第四位・東福寺にて、和尚と府知事の友情エピソード:2ページ目
来たのは「大書記官」か「晋太郎」か
さて、北垣は従者に、寺へ自分が来たことを伝えさせました。託(ことづか)った従者は、さっそく門前の小僧に伝えます。
「これ小僧、敬冲和尚に『大書記官がいらした』と伝えよ」
「わかりました」
従者に託った小僧は、本堂に上がって敬冲和尚に伝えます。
「和尚様、門前に『大書記官』様が和尚様を訪ねてお見えです」
それを聞いた敬冲和尚は答えます。
「はて……大書記官?わしにそんなご大層な知り合いはおらんのぅ……うーむ、その御仁には申し訳ないが、あいにく今日は大切な友人と先約があるので、とお断りしなさい」
「わかりました」
小僧は山門へ戻ってその旨を従者に伝え、従者はそれを報告すると、北垣は驚きました。
「そんなバカな。和尚はそのような無体の振舞いをなさる方ではないし、さりとてこちらに不調法があった覚えもないし……いや、待てよ?」
ふと思いついた北垣は馬から下りて、今度は自ら小僧に頼みました。
「のぅ小僧さんや。すまんが敬冲和尚に『晋太郎が来た』とお伝え下され」
「わかりました」
すると今度は敬冲和尚、「待ってました」とばかりの大喜びで、飛び出さんばかりのお出迎え。
「おぉ北垣殿、お待ちしておりましたぞ。聞けば先刻、宮内『大書記官』をご兼任とのこと、誠におめでとうございます。さぁさぁ奥へどうぞ。心ばかりの茶なども進ぜましょうから、積もる話など、たんとお聞かせ下され……」
これを聞いた北垣は内心「(わしが大書記官であると百も承知で)まったく……人を喰った坊主だ」と苦笑しながら、それでも掛け値なしの真心に痛み入り、そのもてなしを心ゆくまで味わったそうです。
めでたし、めでたし。