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戊辰戦争に散った新選組・土方歳三と隻腕の志士・伊庭八郎の友情

戊辰戦争に散った新選組・土方歳三と隻腕の志士・伊庭八郎の友情:3ページ目

それぞれの最期

2人は別々に兵を率いて箱館の地で最後の戦いに挑みます。

そして八郎は木古内の戦いで胸を狙撃され、わずかに急所を逸れたものの重傷で病院に運ばれます。また、歳三は二股口を死守し連戦連勝を重ねながらも旧幕府軍全体の劣勢を挽回するには至らず、弁天台場でピンチを迎えた元新選組の仲間たちを助けに向かう途中で被弾します。

明治2年5月11日、土方歳三戦死。

写真:弁天台場 Wikipediaより

一方の八郎は病院で療養していましたが、傷はもはや手の施しようのないほど悪化していました。死期を悟った八郎はモルヒネを飲んで自決。明治2年5月12日、歳三の死の翌日の事でした。

埋葬地は特定されていませんが、旧幕府軍関係者の発言記録によると、旧友の2人は箱館の地で隣同士に埋葬されたといいます。思い返せば井上源三郎、近藤勇、沖田総司・・・その他大勢の旧友に先立たれた寂寥を抱えながら、箱館の地まで戦い続けた歳三。そんな彼を、八郎だけは置いてけぼりにしなかったのです。

「どうだい、俺だけはトシさんより先に死ななかったろ!」「たった1日違いだろうが」・・・なんていう2人の笑い声が空の上から聞こえてきそうです。

参考文献:

トップ画像:筆者

 

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