【ブラッサム】珠を「文学の道」へ導く4つの転換点――悪評で居場所を失った受難と、運命を変えた“救世主”:2ページ目
「自分のしたいと思ったことは何でもした」
「ブラッサム」の珠は、始めてのお化粧で心の中に眠らせていたものが目覚めたようでした。実際、宇野千代も小学校勤めを初めてから、お化粧に目覚めたそうです。
メンズメイクも当たり前の現代では、女性の化粧は「媚びではなく自分の気分をアゲるため」という認識が当たり前。
大正時代は「化粧=男に媚びるふしだら女」な旧態然とした考えが残っていたようです。
けれども、珠は化粧を勤務先の学校で咎められても、失恋しても、化粧はやめませんでした。『自分でいいと思ったことはやる』。そんな珠は、あの父に似ているようです。
宇野千代は「自分は父親に似ている」と思っていたそう。自伝的小説『生きていく私』には、以下の記述があります。
「ここまで書いて来て、おや、この父のことは凡て、この私のことではなかったかと、思わず私はぎょっとした。私も賭事が好きで、そして、若い頃から自分のしたいと思うことは何でもした。」(『生きて行く私』宇野千代)
実際、宇野千代はドラマと同様に、初恋の相手だった教師に絶縁状を送りつけられても「直接会って話したい!」と駆けつけます。
そんなパワーや積極性は、まさに「自分のしたいと思うことをした」父に似ているような気がします。
相手を追いかけないのが『恋愛の武士道』
「ブラッサム」では恋の破局後、人々に「ふしだら」「包丁を振り回した女」と噂され、息苦しい思いをする珠。
(人々の噂話がしつこ過ぎ。「ほかに話すことないのかよ!」とドラマの中に入り込んで胸ぐら掴みたくなる。)
ドラマ内では描かれませんでしたが、宇野千代は噂が蔓延した狭い故郷を出て昔の恩師を訪ねソウルに渡り、雑誌を発行する会社社長の家で子守りや勉強を教えたりしています。
珠の場合は、悩みながらも「家族がいる」と行動を起こせないままですね。
婚家を飛び出したときの『やめじゃ!』のように、こんな狭い故郷など飛び出してしまえ!珠!
宇野千代はソウルで毎晩、失恋した教師に手紙を書き続けたものの、絶縁状を突きつけられ驚いて帰国。元恋人のもとへと駆けつけます。
しかし、男に冷たくあしらわれ、失恋を痛感。「心が離れてしまった恋人の後は追わない」という千代の恋愛観が育まれたのは、この時の経験を引きずっているからなのかもしれません。(おいでませ山口へ「作家宇野千代とは?」)
離れた恋人は追わない……そんな千代の名言で『恋愛武士道』があります。
ある時ね「相手はもう 追いかけられるのが嫌なんだな」てのが分かると わたしは追いかけるのをやめるの」それが恋愛の武士道だな
(NHKアーカイブス あの人から365の言葉 宇野千代とは?」)
かっこいい。最初の手酷い失恋経験から自身が得た教訓でしょうか、矜持でしょうか。現代でも共感できる考え方だと思います。

