【豊臣兄弟!】あさひ&夫・吉成はその後どうなった?用済みとされた数正…史実での切なすぎる結末:3ページ目
あさひを離縁した吉成はその後どうなった?
あさひが家康に輿入れする前から既に離縁していた説もありますが、本作では家康への輿入れに際して二人に離縁を迫った説が採用されています。
江戸時代の随筆『塩尻』によると、秀吉は吉成に対して5万石の加増を条件に離縁を迫りました。実質的に「妻を5万石で売り渡せ」と言われた吉成はこの屈辱に耐えがたく、さりとて謀叛を起こすこともならず、出家して尾張国烏森(かすもり。名古屋市中村区)へ隠棲したのでした。
一方で江戸時代の歴史書『武家事紀』によれば、天正10年(1582年)に居城を奪われてしまった失態が離縁の原因とされています。秀吉とすれば「こんな情けない男に妹を任せておけぬ」と思ったのでしょうか。
吉成に関して、こちらの記事でも詳しく紹介しています。
『豊臣兄弟!』妻・あさひは売らない!秀吉の非情な条件を退けた甚助の悲劇的な末路
大河ドラマ「豊臣兄弟!」第5回放送からは、小一郎(仲野太賀)たちの妹・あさひ(倉沢杏菜)と夫婦になった甚助(前原瑞樹)。姉・とも(宮澤エマ)と結婚した弥助(上川周作)と共に武士となり、小一郎たちを手伝…
いずれにしても、あさひと離縁して出家した吉成は穏斎(おんさい)と号し、一説には元和元年(1615年)まで生き永らえたということです。

