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江戸時代「おおらかな性」の裏にあった切実な事情――武士も農民も恐れた“子どもが増えると破産”の現実

江戸時代「おおらかな性」の裏にあった切実な事情――武士も農民も恐れた“子どもが増えると破産”の現実:2ページ目

 
2026/10/24

文化と制度

さて、江戸時代はセックスについて大らかだったという見方がよくありますが、セックスに伴うリスクは当然ありました。そこらへんは現代となんら変わりはありません。

性は楽しみである一方、社会生活にも大きな影響を与える問題だったわけです。

このことは、徳川家においても同様です。徳川家斉は二十数人の妾との間に五十数人の子どもをもうけましたが……

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これは例外的な事例で、ほとんどの場合、セックスと妊娠についてはかなり慎重でした。

一方、徳川家光の愛妾であるお万の方は避妊薬を使い、一人の子どもも産まなかったとされています。妾となる女性に避妊薬の使用を命じるケースもあったのです。

また、庶民の世界では興味深い事例もあります。性病などによって不妊になった女性が、妊娠の心配がないことを理由に重宝され、処女より高値で置き屋に買われたという話もあるのです。

こうしたケースを見ていくと、江戸時代の性文化にもセックスを楽しむ文化と、それを管理しなければならない制度が同時に存在していたことが分かります。

江戸時代の性事情に関して、こちらの記事も合わせてご覧ください。

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参考資料:樋口清之『日本史探訪 もう一つの歴史をつくった女たち』ごま書房新社、2025年
画像:Wikipedia,PhotoAC

 

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