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【豊臣兄弟!】光秀の“本能寺ゲージ” MAXへ… 信長の老臣追放と義昭の「討て」の声を史実考察

【豊臣兄弟!】光秀の“本能寺ゲージ” MAXへ… 信長の老臣追放と義昭の「討て」の声を史実考察:3ページ目

「信長には、真にすばらしき世を作ることはできぬ」

「武田と通じているなど言いがかりだ!」と怒りまくる義理の父・守就のため、小一郎(仲野太賀)は真実究明に乗り出します。実は、嫡男守就の嫡男・安藤定治(森優作)が武田家に内通していたのでした。

安藤定治に関しては史料がかなり少ないのですが、永禄10年(1567)に 父・守就とともに斎藤家から織田家の傘下に入ったようです。

『信長公記』によると、荒木村重が織田に謀反を起こしたとき、織田側は大軍で有岡城を包囲していますがそこに定治も布陣したそう。

ただ、安藤親子の追放は、ほかの史料でも「守就が武田信玄に内通した」とあり定治の名前は見当たらないとか。近年の研究では、この親子の追放は「内通」ではなく「信長の家臣の整理が原因」ともいわれています。

ドラマでは、定治は父に迷惑をかけたことを詫びつつ「疲れたのです。織田についてから戦いに明け暮れる日々じゃ」と言いました。

「戦い、戦い。こんな、こんな地獄の先に、真にすばらしき世があるのでございますか?織田信長には、そんな世をつくることなどできぬ」

このセリフはまるで現代社会にも通じるようでした。

「平和な世界を作るための戦い」……そんな理屈で行う戦いの先に、すばらしい世が待っているはずもなく、残るのは焦土と命の犠牲と環境や自然の破壊。

荒木村重の逃亡により、信長が行なった親族や家臣ら700人もの人が無惨にも処刑された先週回を思い出します。

定治の叫びは、処刑や懲罰の恐怖だけで人々をひれ伏す男の「天下一統」など成功するわけもないという、「本能寺の変」の布石に感じました。

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