【豊臣兄弟!】光秀の“本能寺ゲージ” MAXへ… 信長の老臣追放と義昭の「討て」の声を史実考察:2ページ目
老臣リストラか謀反の気配への罰か
信長の行いが解せない秀吉(池松壮亮)は、光秀に探りを入れたところ、「佐久間信盛は本願寺、林秀貞と安藤守就は武田氏と通じている疑いがあった」といいます。
この一件、記録によると…
▪️『信長記』(太田牛一)には、「林秀貞・安藤守就は遠国へ追い払われた。その理由は先年信長公が大変だった時に野心を含んだためである」と記されているのみ。
▪️『織田信長譜』(林羅山)、『信長記』(小瀬甫庵)、『当代記』では、8年ほど前、信長が浅井・浅倉氏に囲まれ大変だった時期に、守就が武田信玄に内通したためと記されています。
▪️筆頭家老だった林秀貞は、信長の教育係で桶狭間の戦いなどで戦功を上げたものの、家臣団を刷新したい信長によるリストラという説がありますが、理由は不明です。
24年ほど前、織田信勝(中沢元紀)側について、信長に反旗を翻したことを蒸し返すのであれば、一緒だった柴田勝家(山口馬木也)も同罪のはずでしょう。(勝家はまだ「使えそう」だったが秀貞は「もう使えない」と判断したという説も)
▪️30年も信長に貢献した佐久間信盛は、安土城完成時にいきなり叱責の言葉を連ねた『19ヶ条の折檻状』を突きつけられました。その内容は『信長公記』に記されています。
何の功績も上げていない・調略のひとつもすべき……と、最初は仕事ぶりを非難しているのですが徐々に感情が昂ったようです。
言い訳ばかり・私服を肥やすばかり・親子共々武者の道を心得ていない・30年間何も活躍していない……など、数々の合戦で貢献したのにそれは認めず人格否定。最後は「どこかで討死するしかない」と、ブラック企業顔負けの言葉が続きます。
……というか、ネチネチくどい。「その時に叱責すればいいじゃないの」と思うことの書き連ねで、自分で自分の言葉に興奮して怒りを募らせている感じでした。
信盛は、何の弁解もせずに織田家を去って高野山へと向かったとか。
ドラマでは、佐久間信盛が去り際に秀吉に「本当に本願寺と?」と問われ、思わず何か言いたそうでしたがぐっと飲み込み、「どちらとも受け取れる」笑みを見せて去ったのが印象的でした。
3ページ目 「信長には、真にすばらしき世を作ることはできぬ」
