【豊臣兄弟!】右腕切断も恩賞はなし…秀吉の影武者・犬飼秀長が背負った過酷すぎる生涯:2ページ目
右腕を斬り落とされる
かくして京都へ馳せ戻った秀吉主従は、信長を滅ぼした明智光秀(要潤)の軍勢と対峙しました。世に言う山崎の合戦で、犬飼秀長は先駆けの武功を立てます。
しかし明智勢の抵抗は激しく、秀吉と間違われた犬飼秀長は、右腕を斬り落とされてしまいました。
影武者を務めるだけあって、よほど秀吉と似ていたのでしょう。それにしても、右腕が利かなければ刀を振れず弓も引けません。もはや武士生命を絶たれてしまったと言えるでしょう。
いわば秀吉の身代わりとなって負傷した犬飼秀長は、これを機に隠居して山伏となりました。
斬り落とされた右腕は尾張国春日井郡安井村(名古屋市北区)に埋葬され、腕塚(うでづか)として永く祀られていたそうです。
その後、犬飼秀長がいつどのように亡くなったのか、はっきりしたことはわかっていません。そして腕塚についても、近年の都市開発によってわからなくなってしまったそうです。
