『豊臣兄弟!』竹田城攻略はどこまで史実?なぜ秀吉は女子供を処刑?命の期限が迫る半兵衛…第21回放送を考察:4ページ目
秀吉はなぜ女子供まで処刑した?
総大将デビューで華々しく「ほぼ」無血開城を成し遂げた小一郎たちのもとへ、急報が舞い込みます。
曰く「秀吉が上月城の残党は元より、女子供に至るまで処刑して、備前(岡山県東部)と美作(岡山県北東部)の国境に晒した」とのこと。
必要ならためらいなく人を斬ることはあっても、基本的には人命第一だった秀吉がなぜ?小一郎は動揺したことでしょう。
『信長公記』では上月城攻めの7日目に、将兵が大将の首を差し出して残党の助命を申し出たと言います。秀吉は大将の首級を安土城へ送って信長に献上すると共に、残党をことごとく殺して磔(はりつけ)としました。
……上月之城取巻被攻候七日目に城中の者、大将の頸を切取持て来候て残党命被助候様にと歎申候を上月城主の頸則安土へ致進上、信長被懸御目、上月に楯籠残党悉引出し備前、美作両国之境目に張付に悉懸置……
※『信長公記』より。
この張付(磔)が信長からの命令によるものだったのか、あるいは秀吉の判断だったのかはわかりません。
信長にいちいちお伺いを立ててはいられないので、もし信長の命令なら「一度逆らった者は、降伏しても絶対に許さず極刑に処せ」などと命じられていた可能性も考えられます。
劇中の秀吉は比叡山で主命に逆らって女子供を助けているため、二度背けば今度こそ命はない、と女子供を虐殺する覚悟を固めたのでしょうか。
第22回放送「播磨大誤算」
一度は播磨を手中に収めたかに見えた秀吉(池松壮亮)だったが、半兵衛(菅田将暉)の悪い予感が的中。服属したはずの国衆たちが反旗を翻し、呼応して毛利・宇喜多も挙兵する。しかも折悪く半兵衛の体調が悪化し、秀吉は味方を見捨てて撤退することに。自責の念にさいなまれる秀吉は、ある夜、足を踏み外して頭を打ち、なんと記憶をなくしてしまった! 小一郎(仲野太賀)は、秀吉の記憶を取り戻そうと手を尽くすが……。
※NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。
『豊臣兄弟!』秀吉(池松壮亮)、記憶喪失に…次回6月7日放送「播磨大誤算」あらすじ&場面写真、相関図が公開
秀吉の苛烈な処置が諸大名の反感を買ったのか、あれほど従順だった播磨の諸大名が、次々と叛旗をひるがえすようです。
ちなみにこの見捨てられた味方というのは、恐らく上月城に入った尼子勝久(渡邉蒼)と山中幸盛(廣瀬友祐)を指すのでしょう。秀吉に見捨てられたことにより、彼らは悲惨な末路をたどることになります。
そして何と秀吉が記憶喪失に……この窮地を、小一郎はどのように切り抜けるのでしょうか。来週も目が離せませんね!
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