朝ドラ『風、薫る』短い人生を駆けた異才…シマケンこと島田健次郎(佐野晶哉)の実在モデル・鄭永慶の生涯:4ページ目
大関和と親しかった男性、木下尚江という存在
史実では、鄭永慶が亡くなった明治27年(1894)、大関和は37歳で知命堂病院産婆看護婦養成所の兼任講師となっています。永慶と和は同い年の再婚・独身同士でしたが、恋愛関係だったかどうかは不明です。
そして、もう一人、シマケンこと島田健次郎のモデルでは?と推測されている人に、木下尚江という実在の社会運動家がいます。
彼は、明治24年(1891)に、大関和が越後高田の「廃娼運動」に参加したときに出会ったとか。木下は、和の聡明さや行動力に惹かれ親しくなり結婚まで考えました。
けれども、木下の学校の後輩・相馬愛蔵(※)は大反対。というのも、木下は恋愛対処となる女性がたくさんいた遊び人で、愛蔵は、「生真面目な和と結婚したら彼女を傷つける」と考えたからだそう。
木下は和との結婚は諦めて、彼女の一番弟子の女性と結婚しました。
※相馬愛蔵:日本で初めてクリームパンを販売した新宿中村屋の創業者。のちに登場する看護学習で受け持つ患者、丸山忠蔵(若林時英)のモデルだといわれています。
「新しい翼」を得たりんが羽ばたく
島田健次郎のもうひとりのモデル候補・木下尚江と初めて出会ったとき大関和は37歳。第一医院外科局長、知命堂病院の看護婦長などのキャリアを経て講師になった頃です。
和が英語を学び始めたのは、23〜24歳頃。
『風、薫る』のドラマでは、離婚を決意し東京に出てきて瑞穂屋で働くようになったりんは、シマケンに刺激を受け英語を学ぶことになる……という脚本です。
りんはまだ20代なので、やはりシマケンのモデルは鄭永慶と考えたほうが自然なのではないでしょうか。
「身につけた学問は『世を渡る翼、身を守る刀』になる」
シマケンが気づかせた「語学」という新しい翼。りんの「This is my life」が始まる予感がします。これからその翼でどのような空へと羽ばたいていくのか楽しみですね。
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参考:
Newsがわかる特別編 大関和がわかる (毎日ムック)
「明治のナイチンゲール大関和物語」(田中ひかる著)


