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出世と贅沢の果てに転落…秀吉に重用された豪商・呂宋助左衛門、石田三成の摘発で国外逃亡!

出世と贅沢の果てに転落…秀吉に重用された豪商・呂宋助左衛門、石田三成の摘発で国外逃亡!:2ページ目

秀吉はこの壺に法外な高値をつけ、大名たちに買い取らせました。これにより、助左衛門は一夜にして巨万の富を築き、「呂宋助左衛門」と名乗るようになります。海外の土地を、名前にしてしまうのは凄いですね。

彼はその他にも蝋燭、麝香(じゃこう)、唐傘、香料などなど珍品を献上し、秀吉の保護のもと、日本屈指の豪商として成り上がっていくのです。

しかし、あまりに贅沢三昧をしたため、秀吉の不興をかうことに。

1598年、助左衛門の邸宅が「身分不相応」として、石田三成らから検挙の動きが出ます。危険を察知した助左衛門は、財産を寺に寄進するなどさっさと処分をして、再びルソンへと逃れました。

いったんルソンの日本人街に潜伏した後に、次へ向かった先は安南(ベトナム)といわれています。彼はそこでも再び商人として頭角を現し、現地の王朝に重用されたと伝えられています。

転んでもただでは起きぬ、商魂たくましい人物ですね!堺という自由都市が育んだ型破りな精神は、今の時代にも通じる「挑戦」の重要性を教えてくれます。

参考:陽光美術館彦根城博物館など
画像:Wikipedia、フォトAC

 

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