日本のレジャーの原風景『スワンボート』なぜここまで定着?爆売れさせた奇跡の改良…それは“しっぼ”:2ページ目
運命の白鳥との出会い
この状況を打破しようと立ち上がったのが、スナガの創業者である砂賀良夫氏でした。彼は「免許がなくても、子どもたちが自らの力で進めるボートを作れないか」と考えを巡らせました。
そこで彼が注目したのが、当時、観光地で大流行していた「サイクリング」でした。自転車のようにペダルを漕いで進む仕組みをボートに取り入れれば、免許は不要で、なおかつ手漕ぎボートよりも楽に移動できるはず。そう確信した良夫氏は、1975年(昭和50年)に日本初となる「足漕ぎボート」を開発します。
しかし、初期の足漕ぎボートは期待に反して全く売れませんでした。当時のデザインはシンプルで、機能性を重視した「箱型」に近い地味なものだったからだそうです。子どもたちの目を引くには至らず、レジャーとしての魅力にも欠けていました。
「もっと親しみやすいデザインはないか」と悩み続けていた良夫氏に、転機が訪れます。ある日、会社からほど近い群馬県館林市の「多々良沼(たたらぬま)」を訪れた際、シベリアから飛来した美しい白鳥の姿を目撃。
水面に浮かぶ優雅な白鳥の姿。これこそ水辺の乗り物に最もふさわしいのでは——。この直感に基づき、試行錯誤を重ねて1981年(昭和56年)、ついに白鳥の形をした足漕ぎボートが誕生しました。
しっぼが起こした逆転劇
ところが、完成したスワンボートも当初は苦戦。初期モデルは首の曲線などにこだわったものの、どこか「置物」のような印象が拭えず、爆発的なヒットには至りませんでした。
ここで、良夫氏はさらなる改良を加えます。それまでのモデルにはなかった「可愛らしいしっぽ」をデザインに取り入れたのです。このワンポイントの工夫が、ボート全体に愛嬌を与え、子どもたちの心を一気に掴みました。
一度人気に火が付くと、瞬く間に日本中の公園や湖の管理者から注文が殺到し、製造が追いつかないほどのパニック状態に。スワンボートの成功を受け、パンダやコアラといった動物シリーズも開発されましたが、やはり王座に君臨し続けたのはスワンでした。
誕生から40年以上が経過した現在でも製造風景は驚くほど変わらず、群馬の工場で一つ一つ職人の手作業によって作られています。
昭和レトロブームのいま、童心にかえり乗ってみてはいかがでしょうか。
写真:フォトACより
