2026年はなんと60年に一度の「丙午」年!謎の迷信“丙午生まれの女は男を喰う”が人生を狂わせた実例:2ページ目
「八百屋お七」放火事件も迷信の原因に
さらに、このような迷信が広まったのは、天和2年(1682)の「八百屋お七」放火事件に起因しているそうです。
江戸本郷の八百屋の娘“お七”は、大火事で焼け出されてお寺で避難生活をするなかで、
寺小姓と恋仲になってしまいました。店の立て直しが終わり戻っても彼に会いたさに思いは募るばかり。そこで、「もう一度、火事になればあの人にあえる」と自宅に放火してしまった……という事件です。
ぼや程度で済んだそうなのですが、当時放火は大罪。お七は鈴ヶ森刑場で火あぶりの刑となりました。
このお七の事件は、さまざまな作品となり、その中で「寛文6年(1666年)丙午生まれ」と描かれたことから、丙午=火の性質=「丙午の女性は激情家で、惚れた男も滅ぼしてしまう」という話が広がったようです。
しかしながら、お七の生年月日や出自に関しては諸説あり、実際にお七が丙午生まれだったかどうかは不明です。また、「お七火事」は、天和2年(1682)1月27日の火事と、同年12月28日、天和3年(1683)3月2日の火事(『天和笑委集』)説があり、どれかははっきりしていないともいわれています。
お七の処刑後には、井原西鶴『好色五人女』、人形浄瑠璃『八百屋お七歌祭文』、歌舞伎狂言『お七歌祭文』など、さまざまな作品が生まれています。
「丙午の女」に関する言説は、江戸時代前期の俳人・山岡元隣の俳諧集『身の楽千句』に「ひのえ午ならずば男くいざらまし」(ひのえうまの女性でなければ男を喰い殺すことはない)という一文があり、これが一番古い言説とされています。
