「明治維新=近代の始まり」は古い常識——“近代日本”はペリー来航時すでに始まっていた!:3ページ目
誰が新秩序をもたらすか
江戸幕府は、長い間「無事の世」と「民百姓の安住」を実現した政権でした。戦乱が終わり、庶民が安定して暮らせる社会を作り上げたのです。
しかし19世紀に入り、この二つの柱が揺らぎ始めました。外国船の来航、天保の飢饉、国内の階級矛盾、さらには開国後の経済混乱です。
大名や庶民は、「誰が再び安定をもたらしてくれるのか」を真剣に考え始めました。この模索が、幕末から明治初期の激しい政治的混乱を生んだ背景となっているのです。
このようにペリー来航を近代の出発点に置くと、歴史の流れがより自然に見えてきます。
幕府は開国後の対応として、軍備の強化・洋学の導入・条約改正への準備などを進めていました。明治政府は、これらの基盤を引き継ぎながら、より速く大胆な改革を実行したのです。
維新は突然の革命ではなく、幕末から続く近代化の延長線上にあったと言えます。
こうした視点から見ると、幕末は「旧体制の崩壊」ではなく、幕府と新政府が、敵対しながらも同じ目標に向かっていく「近代化に向けた主導権争い」だったことがわかります。
この連続性を理解することで、日本の近代史はより立体的に、深く理解できるでしょう。ペリーの黒船は、単なる衝撃ではなく、日本が自ら近代国家への道を歩み始める合図となったのです。
参考資料:
浮世博史『くつがえされた幕末維新史』2024年、さくら舎
画像:photoAC,Wikipedia
