『べらぼう』総集編を振り返り!死の間際まで書を以て世を耕しエンタメを次世代にバトンタッチ【蔦屋重三郎・後編】:3ページ目
蔦重が築き分け与えた“書”は多くの人々に渡り心を満たす
老中を失脚させられた松平定信と、その仲間による仇討ちにはからずも協力することになった蔦重は、歌麿(染谷将太)の力を得て「写楽プロジェクト」を成功させ、“写楽は源内だという噂”を広めることに成功。今まで様々な人々を殺めてきた傀儡師・一橋治済(生田斗真)への仇討ちは大成功したのでした。
仇討ちが終わり国元に帰る定信が耕書堂に立ち寄り、蔦重と心を通わせるシーンも胸熱でした。定信に「耕書堂に一度きてみたかった。」と照れながらも熱い思いを打ち明けられ「ご一緒できて、ようございました」と頭を下げる蔦重。さまざまなわだかまりが溶けていく場面でしたね。
そして、中年期になってもさらに精力的に出版人として活動していた蔦重を突然、脚気という病が襲います。
最期を察した蔦重が、いままで一緒に仕事をしてきたクリエーターたちに、遺言ともなる最期の仕事とアドバイスをする場面。
新しいクリエーターにはその後有名となった作品に結びつくアドバイスを、長い付き合いのキャリアあるクリエーターたちには今までの「その人ならではの仕事」を。ひとりひとりの個性と特徴をよく捉えている、名プロデューサーならではの遺言でした。
息を引き取る直前、
「旦那様が築き上げ、分け与えた富(書)は腹を満たすことはできないけれど、心を満たすことはできる。心が満たされれば人は優しくなれましょう。目の前が明るくなりましょう」
と、いうていの最高の賛辞に、「そっか」と微笑んだ蔦重。
思い返せば……
若かりしまだ貸本屋だった頃、女郎屋に面白い“書”を見繕って運んでは皆を楽しませていたこと。
食事も満足にできず病の床に伏せっていた河岸女郎・朝顔(愛希れいか)のもとを訪れ、“書”の読み聞せで彼女を笑顔にさせていたこと。
蔦重が子供のときに贈った“書”で、瀬川は苦界吉原での日々、いつも心を慰められていたこと。
吉原への集客のための“書”が売れ客が増えて、女郎たちがおにぎりを食べられるようになったこと。
絶望の沼にはまっていた誰袖花魁を、渾身の戯けた“書”で掬い上げたこと。
蔦重の作った“書”は、人々の心を満たし、吉原から日本橋、そして全国に広がりました。
まさに、飯盛と南畝が墓碑に残した
“その人となりは志・人格・才知が殊更に優れ、小さなことを気にもかけず、人には信頼をもって接した。柯理は、陶朱公を手本として事業を展開させていった。”
という言葉そのままの、べらぼうな人物でした。
蔦重は死ぬ前の言葉。
「死んだ後、こう言われてえのでごぜえます。あいつは本を作り続けた。死の間際まで書を以て世を耕し続けたって」
その通りに、最後の最後まで、書を持って世を耕し、書を持って人の心を満たし、その書というエンターテーメントを次世代にバトンタッチ。
そんな、偉業を成し遂げた人物として蔦屋重三郎を描いた「べらぼう」。心に残る、大河ドラマでした。


