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大政奉還=幕府の終了…ではなかった!欧米が“正統政府は徳川”と見ていた複雑な事情とは?

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単純ではなかった「政権交代」

外国が最も心配したのは、横浜などの居留地の安全でした。もしも日本国内の二重権力状態が内戦に発展するような事態になれば、そこに住む外国人が危険にさらされます。

しかも神奈川奉行は「新政府軍を取り締まる力がない」と認めたものですから、各国は軍隊を出し、横浜の要所を占拠して守りを固めざるを得ませんでした。

上記のパークスが本国に送った手紙には「武装した兵士が横浜に入り込む混乱」のことが書かれています。

このような外国軍の配置は、治安維持の観点から幕府の役人に勇気を与えると同時に、新政府軍に対して「ここは外国軍も守っている」というメッセージを送る意味がありました。

初期の明治新政府が反政府組織扱いだった、と言い切るのはさすがに少し乱暴かも知れません。しかし、少なくとも国際法上に照らし合わせて、諸外国から信任状を受け取るまでは正統な政府とみなされていなかったのは確かです。

明治政府が作った歴史書には、前の政権を否定する内容や都合の悪い事実を隠す傾向が見られます。大政奉還イコール幕府の終了という単純な図式は、後から作られた物語だと言えるでしょう。

実際の政治の移り変わり、現代風に言えば「政権交代」は、もっと複雑で時間のかかるものでした。

参考資料:浮世博史『くつがえされた幕末維新史』2024年、さくら舎
画像:photoAC,Wikipedia

 

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