「生まれ変われるなら 女がいいからさ」
絵に彩色しながら、つぶやく歌麿(染谷将太)。
第26回放送の「べらぼう」のサブタイトルは、『三人の女』。蔦重に深く関わり合いがある、三人の人物との微妙な人間模様が描かれていました。
【べらぼう】三人の女、つよ・てい・そして歌麿…そうきたか!歌麿の心情に視聴者もらい泣き
母親のつよ(高岡早紀)、妻のてい(橋本愛)の“二人の女”。そして、三人目は、歌麿のことを指していたことに驚いた人が多かったようです。
蔦重が「ばばあ」呼ばわりする毒親つよは、押しが強くて図々しいけれど、人との距離をあっという間に詰める能力を持ち、巧みに客をあしらう才を持っています。
そんな母親を見て、「あのばばあ、人の懐にへえるの恐ろしく上手くねえですか?」という蔦重でしたが、彼自身も「するっと人の懐に入る」のが上手い。まさに母親譲りだったようです。
今回は、『三人の女』の中から、人の秘めたる想いに鈍感な蔦重のせいで、複雑な心情にさせられた “二人の女”、「てい」と「歌麿」に注目してみました。
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「瀬川」を思い浮かべさせるていの言動
今回、置き手紙を残して突然家出をしたてい。婚礼の儀も済ませ、店も賑わっているのに「なぜ」という感じでしたが、その行為は瀬川(小芝風花)を彷彿させるものでした。
吉原を代表する花魁・瀬川は、蔦重と両思いになったものの結ばれず身請けされます。その後戻って来てやっと結ばれたと思いきや、蔦重の「自分の本屋を大きくする」という“夢”を叶えるには「自分の存在は邪魔になる」と、置き手紙を残して姿を消しまいましたね。
そして今度は、妻のていが「置き手紙をして蔦重の前から姿を消す」ことに。
ていは、ビジネス婚をしてから蔦重の言動を見ているうちに、“江戸一の利き者”と評判の蔦重の妻として自分は相応しくない……と感じてしまったようです。それは、とりも直さず、“蔦重への恋心の芽生え”を自覚したからではないでしょうか。
ていの置き手紙は、「御暇を頂戴したう存じまする」ではじまり、「こころより御祈念もうし上候」と、かたい文章で書かれています。その文字も漢籍を勉強しているせいなのか、一文字一文字がカッチリと書かれているのが、いかにも“ていらしい”手紙でした。
一方、記憶に残っている人も多いと思いますが、瀬川の手紙は
「顔を見ると行けなくなりそうだから。だからもう行くね。…いつの日もわっちを守り続けてくれたその思い。長い長い初恋を、ありがた山のとんびからす」……
「おさらばえ」には泣けましたね。文体も流れるような柔らかい文字も、地口を入れてくる江戸っ子らしさも、いかにも瀬川らしい手紙でした。
同じ「置き手紙をして蔦重の元を去る」という行為ながら、手紙の文字や文体によって、二人の女性のキャラクターの違いを浮き彫りにした演出。
蔦重は、出家するつもりで寺に来たていを追いかけ、門前で捕まえます。以前「店を畳んだら出家するつもりだった」と胸のうちを明かしていたのを覚えていたからです。
「江戸一の利き者の妻は私では務まらぬと存じます。私は石頭のつまらぬ女です。母上様のような客あしらいもできず、歌さんのような才があるわけでもなく……」
と理路整然と、家出の理由を語り出すてい。
「蔦谷の女将」は、自分のような融通の効かない世間知らずの女では務まらない。相応しいのは、そう、「吉原一の花魁を張れるような、華やかで才長けた方が相応しいと存じます」。
はからずも「吉原一の花魁」を思い浮かべ、口に出したてい。この瞬間、多くの視聴者の脳裏に瀬川の姿が鮮明に甦ったのではないでしょうか。
