【大河べらぼう】御三卿・清水家の栄光と断絶!徳川家治の弟・清水重好(落合モトキ)とは何者?その生涯を辿る:3ページ目
エピローグ
清水重好には子供がいなかったことから、清水家は断絶。その所領は召し上げられました。
正室の貞子(出家して貞章院)には幕府から年金三千両と米五百俵が支給されます。
この措置に対して、一橋治済は「亡き8代将軍•徳川吉宗の意向に背く」として老中の松平信明らへ強く抗議しました。
本音は自身の七男•亀之助(のち松平義居)を清水家当主に立てたかったようですが、寛政10年(1798年)、徳川家斉は自身の五男である敦之助(あつのすけ)に清水家を継がせます。
※ただし敦之助も間もなく世を去り、清水家は再び当主不在が続くのでした。
終わりに
今回は御三卿の一つである清水家当主•清水重好について、その生涯をたどってきました。
果たしてNHK大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」での再登場はあるのでしょうか。
今後も活躍に期待しています!
※参考文献:竹内誠 編『徳川幕府事典』東京堂出版、2003年7月